チーボーさん (CHIBOW) CHIBOW(チーボー)さんのバンド歴 本牧を代表する人物として一番に思い浮かぶのは、やはり本牧のボスこと、CHIBOW(竹村栄司)さん!クレイジーケンバンドの横山剣さんが、昔からずっとリスペクトしているのは、有名な話です。そんなCHIBOWさんを探ります。 2019.03.04 クレイジーケンバンドザ・ゴールデン・カップスチーボーさん (CHIBOW)
書籍・雑誌 「URBAN NATURE」Vol.02 本牧が漁村だった時代の文化から始まり、西洋文化が入り、戦後の洋楽文化をメインに現在に至るまでの、本牧の地域独特の文化を知ることが出来る! 2018.01.18 書籍・雑誌
イベント・他 本牧アートプロジェクト2017 「本牧アートプロジェクト2017」が開催されます。今回も充実した内容を取り揃えていますので、プログラム参加に、本牧の街に、ぜひにお越しください。 2017.11.22 イベント・他
イベント・他 舞台:横浜グラフィティ エディ藩さん監修のもと現代版ゴールデンカップスのバンドも今の若者が再現し、昔流行った曲なども演奏しつつ、浜チャチャなどのダンスや歌、アクションで繰り広げていく舞台です。 2017.02.21 イベント・他ザ・ゴールデン・カップス
歴史 【解説】本牧の四角いピザの秘密 本牧で有名な食べ物と言えば、真っ先に「四角いピザ」と答えるでしょう!昔の有名店では、イタリアンガーデン、リキシャルームやベニスで食べられ、美空ひばり一家をはじめ、力道山、勝新太郎、石原裕次郎、石原慎太郎、三島由紀夫などの著名人がよく足を運んでいました。 2016.09.25 お店・名所歴史風俗
マイカル本牧 マイカル本牧 デッキの謎! 本牧通りを跨ぐ、イオン本牧とベイタウン本牧5番街のデッキ(正式には、「ペデストリアンデッキ」と言う)は、歩道橋ではない。通常、公道上に民間企業が架橋(デッキ)を建設するのは、道路交通法上不可能である。では、どのようにして現在のデッキを作ることが出来たのか?その経緯を調べてみた。 2016.01.18 マイカル本牧
柳ジョージ 敗者復活戦(ランナウェイ):柳ジョージ この本は、柳ジョージさんの自叙伝です。1979年出版なので、31歳の時に書かれたものです。1979年は、本牧のキャッチフレーズにもなった曲(歌詞)が生まれました。「フェンスの向こうのアメリカ」 2015.10.26 書籍・雑誌柳ジョージ
クレイジーケンバンド もうすっかりあれなんだよね:クレイジーケンバンド 時空を超えたグルーヴを放つ1年ぶりのアルバム!!!クレイジーケンバンド約1年ぶりのアルバム「もうすっかりあれなんだよね」は70年代、80年代、90年代のグルーヴを東洋一のサウンドマシーン奇才!!! 2015.09.06 CD / DVD/ BDクレイジーケンバンド
マイカル本牧 マイカル本牧(アーカイブ) 現在のイオン本牧は、アメリカ軍の接収地が返還され、1989年4月30日に「マイカル本牧」としてオープンしました。当時は、バブル時代の絶頂期で、同年の前月3月25日からは横浜博覧会が開催され、4月1日からは消費税制度が税率3%として導入が開始されていました。 2015.07.22 マイカル本牧
米軍基地 米軍ハウスの生活 1945年(昭和20年)8日30日、米軍マッカーサーが厚木の飛行場に降り立った。同時に本牧の一部は米軍に接収され、日本人は立ち入る事が出来なくなった。戦後の日本は、食べることすら大変な時代に、フェンス越しに見えるアメリカの世界は、きらびやかで、華やかに映っただろう。 2015.07.03 米軍基地
お店・名所 1990年代の本牧深夜族 本牧の夜と言えば、リキシャ・ルーム(1961年開店)、イタリアンガーデン(1962年開店)、ゴールデンカップ(1966年開店)、その後の、リンディ(1973年開店)、アロハ・カフェ(1976年開店)が流行し、芸能人・ミュージシャンやスポーツ選手等を始め東京界隈からも多くの人が夜遊びに来て一気に本牧の名前が日本中に知れ渡った。 2015.06.04 お店・名所